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中山道加納宿と元和六年創業のうなぎ屋さん [宿場町]

江戸時代の五街道の1つである中山道。
山谷沿いの険しい道が多く、参勤交代の大名行列は
東海道に集中したのに対し、交通量が少ない理由で婚礼行列に
よく使われた事から、姫街道とも呼ばれていました。

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江戸から京都までを結ぶ544㎞の行程には宿場町が全部で69宿のうち、
美濃には16の宿場がありました。
加納宿は美濃にあった16宿のうち最大の宿場町。
城下町にある唯一の宿場として知られました。

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加納城は、関ヶ原の戦い―の直後、
大阪の豊臣への抑えの城として、奥平信昌公に築城を命じました。
奥平信昌は、長篠城の戦いにおいて、武田方から徳川方に付いた
功績により、徳川家康の娘亀姫を正妻としております。

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加納城は、明治維新の時に取り壊され、
現在は本丸跡と、石垣の一部を残すのみです。

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加納宿は、旅籠35軒、戸数800余、人口2700人余、約2.4㎞続く
立派な街並みでしたが、戦火で殆ど焼失しました。
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町並みには石碑や案内板が設置されているので、
当時の様子が偲ばれます。宿場町の散策が楽しめます。

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加納宿には、江戸時代から続く鰻料理さんが今も残ります。
二文字屋の創業は元和六年(1620)。岐阜城下より移り住んだ上野長七郎が、
中山道加納宿に「二文字屋」の屋号を掲げ、御飛脚使宿をはじめました。

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元和6年とは、江戸時代、関ヶ原の戦い の20年後、
大坂夏の陣の5年後なので、老舗中の老舗、凄いです!

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現在は、十三代目当主に受け継がれ、
美味しい、鰻料理のお店として知られています。

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玄関の池の壁には―ウサギさんの餅つきの仕掛け―がありますが、
このお店には、左甚五郎が宿代の代わりに 彫ったと謂われる
「月夜に川原で餅を搗くウサギ」の欄間があるとか。

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ひつまぶしを戴きます。
江戸時代から続く老舗で食べる ひつまぶしも格別です。

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お店の雰囲気もウナギを美味しくさせます。
伝統のパワーでしょうか!?

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NHK大河ドラマ[麒麟がくる]にて、
斎藤道三役を演じられました、俳優の本木雅弘さんも、
マムシ(関西焼き)ならぬ、ひつまぶし を食べられたのかな?

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https://ma35-main.blog.ss-blog.jp/2019-06-15

https://ma35-main.blog.ss-blog.jp/2019-06-25






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垂井宿まつり [宿場町]

曇天の終日と天気予報で知り、母がバテる事が無さそうと期待して
[垂井宿まつり] 正午開始~20時終了 へと出陣しました。
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垂井曳山特別展示 -鳳凰山-
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NHK大河ドラマ[真田丸]にて、参戦していない目線・時代の展開で描かれた
超高速50秒“関ヶ原の合戦” と言う オンエア日。 
ここ、垂井のイベント [垂井宿まつり] に おいても大谷吉継の片腕として戦場に散った、
ご当地の武将-平塚為広との関わりは深く、賑わっておりました。

ニャ・ン・ト!!烏帽子+陣羽織も凛々しい小早川CATちゃんまでもキテターwww
御挨拶にて御承認を得まして[カメラ]  
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垂井駅より会場に向かう、早々の燃料切れ気味の母の重い足取りが気に掛ります。
正午頃到着、本陣バル(飲食・お休み処)にて先ずは腹ごしらえ、
団結の東軍戦法で、シェアし楽しくの思いと裏腹に、母のガッツリとの所望に応え、
季節先取り[まつたけごはん]の先鋒、母の満足げな表情に安堵

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ランチ布陣の采配・・
個々尊重の西軍戦法体勢に、余儀なく戦略変更となり申した。

頭がよくなる食材を使用したと言う セールスポイントの、ご当地、垂井岩手の武将、
竹中半兵衛公に因んだネーミングの幾つかの奇襲商品の前に足止めじゃ

◎竹中半兵衛 兵糧丸団子 (人参色で松の実入りの甘さ控えめで胡麻をまぶして有)
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◎竹中半兵衛 やきそば (具に人参や肉、多量の魚粉まぶして有)
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受験生の皆の衆にも おススメの商品名でござるかな・・ぅ~ん

家人の選択した策↓、アッパレ 美味であった・・賢くなった気分で申した024-036.JPG

石鳥居ステージ 盛り上がっていました
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街道ステージも 熱い  
◎甲冑パフォーマンス軍団 、〈関ヶ原組〉演舞①
島左近殿を中心に構された今回のメンバーの他に未だ数名との情報
地味なご当地武将 平塚為広殿は完全にいじられまくりキャラ・・あれ!?主役の筈では?
一団は、クイズでも観客と一体
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◎歴史系アーティスト 、〈さくらゆき〉ライブ①
朗読と歌謡で綴る、NHK大河ドラマ[真田丸]の進行に合わせた旬なステージ
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戦国史ゆかりの地の為か、彼女たちもかなり 入り込んだステージであった
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冒頭のTV展開とは露知らずで、このステージに妄想が膨らんでおった・・

この後の、演舞②や ライブ②のグランドフィナーレ どころか
戦国キャラや垂井姫君下向行列 等 盛りだくさんのプログラムに
後ろ髪をひかれるおもいではあるが、早々の退却の刻とあいなった・・

無念・・



先回、この地を訪れた際のブログ↓
https://gifu-sengoku.blog.ss-blog.jp/2015-03-25-1









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指ではじくだけで肩の痛みが治る!―江戸の秘術から生まれた凄ワザ

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スローフードと共にゆったり 中山道垂井宿 [宿場町]

南宮さんから朝倉山真禅院さんまで上って垂井駅に戻ってきた頃には、
一時近くなっていてお腹はペコペコ。  
垂井=竹中半兵衛公 駅前の像と御対面。

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垂井駅からすぐの店はお休み、ランチのとれそうな駅周辺のお店は日曜休み、
南宮さんの参道脇のお店で済ませておかなかったのを後悔する、
ランチ難民状態となり、駅構内のポテトやおにぎりの自販機が最後の選択肢か
・・・と腹をくくった時に、
何とか、営業されているお店に行当り、ホッとしました。

[食彩 いわさき]さん です。 
スローフードというコンセプトで主にお野菜が自慢料理とされているせいか、
満席に近い店内は、御高齢の方がまったり過ごされていました。
私達の為に、先に座られていた方が、相席で移動して下さり、
腰を下ろす事ができました。

皆さん、
700円のランチの様で、「肉じゃがとかです」とのザックリしたメニューの
御説明でしたが、空腹ゆえ迷わずオーダー致しました。

お盆にてセットの先発が運ばれ、その後、分けて追加を運んで下さいました。

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出来たての野菜料理や地元の麩入り味噌汁はお腹に優しく、
〝あったかいんだからぁ♪〟正しく スローフードを実感できました[黒ハート] 
えっ! まだ頂けるの?という位に 品数は増え、最終的に8品になりました。
豆御飯が炊きあがったのでお替りまで、「いかがですか?」と御親切にも聞いて
下さいましたが、ここまでで充分満足でしたので、有難くお気持ちだけ頂きました。

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食後のおいしいコーヒーも付いて大満足。 とってもお値打ちですよ。

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腹ごしらえを済ませ、元気を回復し垂井宿辺りを散策しました。


街角で目にするのは 
非公認 垂井のためにゃん 平塚為広公がモデルとは 
目の付け所が 渋い!

平塚為広公は、大力でナギナタの名手として知られ、関ヶ原の戦いにて
石田三成に与した盲目の大谷吉継公の片腕として参戦しました。
予想していた小早川秀秋の裏切りにも奮戦するも 
秀秋に続いて東軍に呼応した小川祐忠の配下の武将に討たれて果てました。

「名のために棄つる命は惜しからじ 終にとまらぬ浮世と思へば」
という辞世の句は、死の直前に大谷吉継に贈ったもので、吉継も
「契りあれば六つの衢(ちまた)に待てしばし 遅れ先だつことはありとも」
と返したと云われ、主従の信頼の深さを物語った話として知られています。

幾人かの著名人の御子孫、女性運動家の平塚らいてうさんが特に知られていますね。


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相川橋のたもとに東の見附跡があります。 ここが垂井宿の東の入り口となります。
相川の人足渡し跡の表示があり、村人により川の渡しが行われていた事を窺わせます。

相川橋
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ここ相川水辺公園一帯には樹齢50年以上のソメイヨシノ約200本が咲き乱れるそうです。
脇を流れる相川の上を約300匹の鯉のぼり遊泳、相川橋から眺めました、見応えありますね。
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道の傍らに本陣跡の碑が建てられています。 
本陣を務めたのは栗田家さんでしたが、178坪の本陣建物は安永9年(1780)に焼失し、
再建された建物も明治期に解体されました。

垂井宿本陣跡
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丹波屋さんは、本陣跡の向い側には、松井家さんが営む大正元年に建てられた
料理屋;丹波屋さんがあります。
1836(天保7)年の浪速講道中記に「たんばや幸助」と記されている様に、
江戸時代は旅籠だった様です。

屋根の下の鬼瓦にはWATERと英語で刻まれている粋な感じの玄関です。

丹波屋P3220189宿場町.JPG

丹波屋P3220099宿場町.JPG


亀丸屋さんは、垂井宿の旅籠屋として二百年程続き、
今も当時のままの姿で営業されています。
安永6年(1777)に建てられ、間口五間・奥行6.5間の母屋と離れに上段の間を
含む八畳間が3つあり、二階には鉄砲窓が残ります。
かつて、浪花講、文明講の指定旅館であったそうです。

亀丸屋P3220096宿場町.JPG

亀丸屋P3220097宿場町.JPG

蔵も残る風情が素敵です。
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南宮大社の石鳥居は、中山道沿いに建てられています。
徳川家光公の寄進により南宮大社が再建された際、明神鳥居が約四百両の金で、
石屋権兵衛氏により建てられました。
横幅454.5㎝、頂上までの高さ715㎝、柱の周り227㎝の大鳥居です。
正一位中山金山彦大神の額は、延暦寺天台座主青蓮院尊純親王の筆跡だそうです。

この石鳥居付近では、かつて六斎市が開かれ、大勢の人々で賑わったそうです。

1-P3220192南宮大社石大鳥居.JPG



街道に戻ると古民家のお休み処が目に入りますが、
ここは旧旅籠の長浜屋さんです。
築二百年以上の建物ですが、明治22年に東海道線が開通し、
中山道を通る旅人が激減すると旅籠を止めて酒屋となり、
平成10年頃まで営業されていましたそうです。

その後、取り壊される寸前に、歴史と文化を守る会が管理する事に
決まったのだそうです。

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紫雲閣の収められている倉の前を通ると、
4月4日・5日の八重垣神社の祭礼である 垂井曳山祭に出される曳やまが、
これに向けての御準備の光景に出くわしました。

この垂井町中町所有の「紫雲閣」は、明治初期にその藤岡和泉氏によって
作製された曳やまだそうで、複雑な亭を有する独特の構造は「動く聚楽第」
と云われ、優雅さを感じます

御祭の当日は、もっと煌びやかで美しく素晴らしいでしょうね。
桜も咲いてる事でしょうし。

紫雲閣 
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国の登録文化財小林家の主家は、油屋を営んでいた宇吉家さんから
小林家さんが譲り受けたもので、昭和初期まで『亀屋』の屋号で
旅籠を営んでいました。
幕末の豊かな商家にふさわしい品格と、二階の袖ウダツ、
庇下の濡れむしろ掛け等の防火対策が残された貴重な建物です。

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油屋さんの対面に、太鼓楼が目を引く立派なお寺があります。
東光山本龍寺です。元は天台宗でしたが、今は浄土真宗のお寺です。
江戸時代、このお寺の前に高札場があり、「キリシタン禁止、人馬賃」等
6枚の制札が掲げられていたそうです。
 
明治11年、明治天皇が東海北陸御巡幸の折、お休みになったところで、
寛永11年間に徳川家光も当地を通行の際休憩しています。

門や元の書院の玄関は、明治初期に金岩脇本陣のものを移築したと伝えられています。

本龍寺の山門は脇本陣から移築

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本竜寺の住職玄潭と芭蕉は親交が深く、元禄4年に芭蕉は当寺で冬篭りしています。
この間に幾つか句を詠んでおりますが、境内の一角、美濃派ゆかりの俳人らの
句碑を建てた作り塚の中の芭蕉句碑にその一つが刻まれています。

 作り木の 庭をいさめる しくれ哉   はせを翁
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石鳥居を少し南に進みますと、玉泉寺いう寺の門前に樹齢約800年と云われる
大ケヤキがあり、その根元からこんこんと湧き出る泉があります。

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天下の名泉として親しまれる垂井の泉です
垂井の地名の起こりとされる泉で、時を経ても日照りでも枯れる事無く、
古くから旅人や地域住民に親しまれてきた泉です。

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「東路に名たかき泉三あり 其三つといふは近江国坂田郡醒井泉 
美濃国多芸郡養老泉 同国不破郡垂井泉 是なり 其水を試し人のいひけるは 
養老は醒井にまさり 垂井はまた養老にまさりぬといえり」


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鵜沼宿と 釜飯の美味しい 花の木さん [宿場町]

せっかちな母が待ちきれずに 早朝の出発した為に、
御嵩宿を見て回っても10時過ぎで、
まだ御昼時にもなっていません[あせあせ(飛び散る汗)]

御嵩駅に貼ってあったポスターで、丁度、
鵜沼宿の祭りが10:00~15:00 行なわれる事を知り、
こちらも以前から行ってみたいと思っていた宿場町にランチと兼ねて、
急遽、立ち寄る事としました。

―中山道鵜沼宿まつり―
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新可児より犬山駅で、岐阜行に乗換え、新鵜沼駅で下車するも、
まつり会場への無料シャトルバスには随分 時間がありましたが、
御昼時のバスのためか、乗車されたのは多くはありませんでした。

バスの停車位置から、戻る様に暫く歩くと、お祭りの雰囲気漂う
賑わいの様子が見えてきました。
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高札場

高札場とは、江戸幕府や藩の法令や禁令を書いた札を
吊り下げた掲示板です。
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松尾芭蕉の句碑
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芭蕉の句を刻んだ化石化した木
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この日は、鵜沼宿のお祭りの一環としての-文化財一斉公開- という事で、
普段見られない文化財が 今日一日、特別公開されるそうです。

旧大垣城の鉄門は、一時個人宅の門に払い下げられていたそうですが、
平成21年に この地に移築されました。
解体工事の時に、部材に残る墨書から、大垣城の鉄門と解ったそうです。

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鵜沼宿本陣跡
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鵜沼宿脇本陣

脇本陣を務めた坂井家は、本陣であった桜井家の西隣に位置し、
本陣桜井家に残された
江戸時代中後期の鵜沼宿の記録である「鵜沼宿万代記」には、
宿の世話役や多くの大名や役人などの接待を度々務めた、
当主坂井半之衛門の名を見る事ができます。

鵜沼宿の脇本陣は、
宿駅制度が廃止された明治時代以降もその姿をとどめていましたが、
濃尾震災で倒壊したと伝えられます。
今の脇本陣は、
江戸時代末期の鵜沼宿各家の間取りを描いた「鵜沼宿家並絵図」をもとに、
現存する脇本陣の外観や内装、意匠などを参考としながら、
鵜沼宿の脇本陣を務めた 坂井家の建物の姿を現代に復元しています。


二ノ宮神社

古墳の石室の上に本殿が鎮座し、
明治期の拝殿は、農村舞台の特徴を有しています。

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菊川酒造の向かいの、旧武藤家住宅は 
今日は、有料の御茶会会場だそうです。
武藤家は、江戸期に<絹屋>という旅籠屋を営んでおり、
明治から昭和中頃までは特定郵便局を営んでいたそうです。
明治40年の建築ですが、参勤交代で通る殿様を見下ろさない様に、
2階を人が入れない様に低くしてあった江戸期の造りで建ててあるそうです。

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隣接する、中山道鵜沼宿町屋館の資料館は、武藤家の離れで 
昭和初期に太田宿より、移築されたものです。

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古い町屋の並ぶ一角です。
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現在は普通に生活の場であるのを、祭りの為に特別、
五軒の宿場を営んでおられた屋敷の御庭・玄関に入れて頂け、
建物の構造や調度品などを、各家のガイドの方に説明して頂けました。

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[丸一屋]=坂井家、[茗荷屋]=梅田本家、梅田分家、
[若竹屋]=安田家、[大阪屋]=丹羽家
の五軒の古い町屋は、現在もそこで生活されている為、
家の中は撮影はNGなので、写真は外観のみです。


坂井家<丸一屋>
脇本陣坂井家の分家で、江戸時代には<丸一屋>という旅籠屋を営み、
宿年寄を務めた家です。
敷地の北と東に塀をめぐらせ 式台玄関を設ける等 
表が前に格式を感じさせます。
主屋は、明治23年の建築です。


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梅田本家<茗荷屋>
江戸時代に<茗荷屋>という、旅籠屋を営んでいた家です。
約160年前に建てられ、濃尾震災にも耐えた、
鵜沼宿で唯一の江戸期の建物です。

主屋は袖うだつを上げ、窓には縦格子という様に、
江戸期の旅籠屋の佇まいが見られます。

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梅田分家
主屋は、本家に次ぐ古いもので、明治元年の建築で、
濃尾震災の翌年に建てられた離れも残ります。

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安田家<若竹屋>
江戸期に<若竹屋>という旅籠屋を営んだ家で、
主屋は、昭和5年の建設で比較的新しいが、
軒の高さや表構えを 周りに揃えて作っています。

丹羽家<大阪屋>
江戸期に<大阪屋>という旅籠屋を営んだ家で、
現在の建物は、昭和5年の建設で、
江戸・明治期の建物に比べて二階の天井が高く、
普通の民家と変わらない感じですが、この家の当主が大工で、
茗荷屋の離れや宇留間庵(町屋館東隣の茶室)を手がけており、
その意味での価値があるそうです。


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安田家の辺りは、-よさこい演舞- を観る大勢の人々で、
街道が一杯の状態で、町屋の外観写真の撮影は厳しいので遠慮しました。

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尚、設定された時間に申し込むと、
30分のコースをガイドの方の丁寧な解説に加えて、
ガイドの方のオリジナルのユーモアを交えた豆知識を聞いて、
笑声と共にじっくり回れました。

大安寺川に掛る 「だいあんじばし」 は、風情満点です。
この大安寺川を1㌔遡ると、済北山大安寺があります。

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今回は、行く事が叶いませんでしたが、その大安寺の境内の一角に、
関ヶ原で自刃したはずの西軍の名将、大谷吉継の墓標がある事を、
この日のガイドさんの解説の中で知り、次の機会に訪れてみたい
と思っております。




先週の台風一過よりぶり返した暑さに加えて、早い朝食に空腹で
ぐったりしていた母も、
[花の木]さん にて美味しいランチを頂け 元気を取り戻した様です。

店内には、東海TV【西川きよしのご縁です】等で紹介された時の
色紙などもあり、地元の常連さん方も、來客を伴って来られている様で、
予約札を置かれ満席が続きます。

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本日は、お祭りの為、二種のメニューのみ との事ですが 
〝選べる釜飯〟なので 
母は、花の木膳1000円に釜飯の具を200円upの海鮮釜飯にして、
家人と私は1400円のスペシャル膳(串揚げ付)で、基本料金の山菜釜飯
をオーダーしました

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生米から一釜一釜 直火で炊くこだわりがある為、少々時間が掛りますが
待っただけの価値のある釜飯が運ばれてきました。

山菜釜飯は、大ぶりの焼き筍やゴボウ等、下ごしらえの丁寧さが
美味しさでわかります。
母の頼んだ海鮮釜飯は、大きなホタテ・エビ・アサリ・イカ等、海の幸がいっぱい!

松花堂4品は、何気ない一口大の冷奴のタレ、煮物の味付け、
トマトと貝のカクテルサラダ(?)等、 一手間かけてあり、
どの一品も見た目にも味にも満足! 正に 「いい仕事してますね!」
この釜飯膳を食べる為だけでも 鵜沼宿 に行く価値はありますよ!

祭りでない通常メニューには、
各務原特産のニンジンを使った 金魚釜飯なども頂けるそうで、
また行ってみたい店です。

ここのお店以外には、
菊川酒造さんのお酒と共に、数軒の屋台での昼食になる様です。
094.JPG


配布のパンフにて知ったのですが、

「中山道ぎふ17宿歩き旅 2013(10/12~11/17)」
詳細 http://www.gifu-travel.jp/ があるそうです。 

時間があれば出かけてみたいですね。







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☆2015/12/11 私の初めての著書が出版されます。
応援よろしくお願いします 「指ではじくだけで肩の痛みが治る!-江戸の秘術から生まれた凄ワザ」 江戸時代の按摩術が、現代人の症状によく効く事を紹介した本です。
指ではじくだけで肩の痛みが治る!―江戸の秘術から生まれた凄ワザ

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  • 作者: 福富章
  • 出版社/メーカー: 自由国民社
  • 発売日: 2015/12/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
どうぞ 皆様、よろしくお願い申し上げますm(__)m

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東北応援旅行 ―南会津 大内宿 [宿場町]

東北に行って名産品を食べ土産を買い東北経済を応援するツアー 
が あると知り 申し込みました。
行き先は 『日光・会津の名所めぐり』です。

テレビでも 今回の直接地震の被害が殆んど無く 
放射能の数値も低い周辺の観光地まで 
東北の地震による風評被害により 
客足が遠のいて 困っていると知りました。

『日光』には 15年前に旅行したのですが、
〝鬼怒川温泉〟に泊まり 『江戸村』を見学したのですが、
翌日台風接近の為、「昼からの新幹線が運休になる」と言う通達により、
日光山内の見学を 断念して帰途に着いたのでした。
それから 〝日光リベンジ〟が夢であり、
大好きなサスペンスドラマの舞台として 度々登場した 
『大内宿 塔のへつり』 も一度は行きたいところでした。

『日光東照宮』は パワースポットブームもあり 
「いつものお盆 より少ない」と言われながら 
かなりの観光客で混雑しておりましたが、
『大内宿』の土産屋では 私の服に付けた団体のバッヂを見つけた 
店番のおじさんが「久しぶりの団体さんだなぁ」 としみじみ言われ、
名古屋からのツアーで来たことを話すと、
「とくに名古屋方面の客はほとんど見なくなったなぁ」との事でした。

『大内宿』の入り口には、〈がんばっています 大内宿〉 の旗がなびき、
元気さをアピールしております。
しかし、ほとんど直接の被害が無かったこの町も 
震災前の賑わいには 程遠いようです。

110814_095904.jpg

茅葺の家並みが整然と並ぶ 
下野街道の宿場町は 江戸時代の面影を伝えており 
とても雰囲気がありますが 土産屋を覗く客もまばらで、
有名な〝高遠そば〟の店も 満員とはいかない 様子です。

先ず 町を縦断し 添乗員さんおすすめの絶景スポット 
〝子安観音・弁天様〟のある高台から街並みを見下ろすと 
絵葉書の様な 景色が広がります。
110814_092338.jpg

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駐車場の戻りは、お店を見ながらゆっくり歩きます。 
有名な『三澤屋』さんを避け、栃餅も食べれるとの案内を見つけ
『大和屋』さんにて 名物蕎麦を いただきました。
ねぎ一本で食べる 〝高遠そば〟 は、徳川秀忠公の
唯一の隠し子といわれる 保科正行公が、
信州高遠より会津への国替えの際、
蕎麦づくり を持ち込んだために その名が付いております。

丸ごと一本のねぎ が箸替わりとしなり、薬味にもなるのですが、
添乗員さんの話によると 「季節によって辛い事も有るらしい」のですが 
とても甘く美味しく頂けました。
そばも、繫ぎを使わない平たく短い蕎麦で 
朝食を食べて2時間しか経っていないのに 冷たくて味わい深く、
軟らかい搗き立てのお餅に ゴマの掛った〝栃もち〟
(他には、きなこと餡子もあります)を含め 全て 胃の中に収まりました。
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大内宿の水路には、きれいな冷たい水が流れ、メロンにキュウリやラムネ
が冷やしてあり、街並みにマッチして、雰囲気は抜群です。

一日も早く、賑わいが戻ります様に・・・







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