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瑞穂市の美江寺観音を お蚕まつりの日に訪ねる [パワースポット 古い町並み]

岐阜市の 【美江寺】さんの記事を以前書かせて頂きました。
https://gifu-sengoku.blog.ss-blog.jp/2011-03-24

3月2日 以前は、この岐阜市の美江寺でも 
〝お蚕まつり〟といわれた 〈美江寺まつり〉が行われていたのですが、
今年は中止になっており ちょぴり寂しい境内です。

私も初めて見る光景、
桃の節句、対の雛人形の段飾りがしてある 間を通って本堂へ参拝。

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同じ2日、3月初めの日曜日、
現 瑞穂市美江寺ては 今年もお祭りが行われていました。
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岐阜市の美江寺観音の奈良時代の乾漆像【十一面観音立像】は、
現瑞穂市の美江寺から、戦国期に斉藤道三により、稲葉山城下の守護
として移したものと言われます。


名鉄岐阜発の 岐阜バス【巣南庁舎行】に、
千手堂から乗車して、美江寺バス停で下車。
御祭りとは思えない程、乗客は少なく、美江寺
で降りたのは私達だけ・・ちょっと不安!


バスを降りると すぐ右側に美江神社があります。
この美江が地名のもともとの由来となっているそうです。

私が小学生の頃はもっと大きな神社だった
記憶がしますが、でもあの頃と同じ風景。

江戸期の作と云われる大鳥居があり、脇に高札場があったと云う事で
説明板があります。

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古代には美江明神と称された産土神で、
後に、熊野権現を勧進してお祀りしてあります。

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この神社の近くに、亡くなった祖母の実家もあり、
ちょっと立ち寄らせてもらいました。
小さい頃に、祖母に連れられてお祭りに来た時と、
殆んど変わらない光景がそこにもあり、とても懐かしく何か嬉しくなりました。
この標識も 小さい頃に見た記憶があります。

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美江神社境内の奥に小さな美江寺観世音堂のみが再建されています。

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もとの観音堂は美江寺観音と呼ばれ、
元正天皇により、伊賀国名張より十一面観音を勧進し、
養老3年(719年)に建てられたものだそうです。

美江寺は当時大いに栄えたと云われますが、
斉藤道三が観音像を稲葉山城下に移設した為廃寺となり、
地名だけが残さていたのを、明治期に、美江寺城主の末裔と云われる
和田家に伝わる観音像(室町期)を祀り、現在に至っています。

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祖母の実家にて、お茶を頂き 寛がせて頂いていたら、
外から笛の音が聞こえてきたので、
表に出ると、【お蚕まつり】に蚕の廟魔除け、豊作祈願の為に出される 
猩猩山車が美江神社を出たところでした。

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観音様の化身と云われる 赫顔の面の翁 「猩々」を山車に載せ、
その上で
「猩々ばやし」を奉納し、その後、美江寺宿を回ります。

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山車に付いて行きながら、美江寺宿を散策しました。
中山道56番目の宿場町で、当初は何もない農村に過ぎなかったのを、
加納藩が整備して、本陣を開設し、旅籠19 茶屋2が設けられ、
宿場町の体裁が整えられたそうです。

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中山道は、太平洋岸の広い河川を渡航する必要がある 
東海道を避けて京都から江戸に嫁がれる姫君が通られ、
和宮様もこの美江寺の本陣で小休止し、隣の呂久地区の小簾紅園に、
都を離れる寂しさを詠まれた歌を残された場所があります。

小学生の頃にその地を訪れ、祖母から和宮様の話を聞いた記憶があります。


さて、美江寺宿の散策です。
美江神社から、樽見鉄道の美江寺駅方面に 山車について歩いていきます。

少し行くと、江戸時代の元禄9年創業の造り酒屋【布屋】さんがあります。
建物は、濃尾震災でも倒壊せず、当時の名残をとどめています。

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この辺りは、商店が並んでいたそうですが、今はシャッター街で寂しくなったそうです。


一里塚の跡がありました。
街道の両脇に土盛りをして、榎を植えて里程標識としていたそうです。



中山道 京に行く次の宿、赤坂宿への道しるべが残ります。

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一区戻る形で美江寺東口のバス停で山車は折り返しなので、
案内板を見て、散策を続けます。

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瑞光寺

瑞光寺は「中山道分間延絵図」にも載っている、歴史のある寺院で、
美江寺宿本陣山本家に生まれた、
美濃派獅子門第九世道統 山本友左坊の菩提寺で、
境内には句碑群や墓碑があります。

美江寺観音堂が廃れた後も、この瑞光寺の住職を務めた和田氏が、
厨子の鍵を預かり関係を続けていたと云われます。

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美江神社の前で、旧中山道は直角にに曲がって 枡形となっています。
左に折れると、美江寺城主の末裔と云われる和田家があり、
やがて、本陣跡が見えます。
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本陣は、街道を利用する大名、宮家、幕吏の宿泊所で、参勤交代により発達しました。
加納藩によって開設されたのち、山本家が問屋場も兼ね、代々管理・運営しました。


濃尾震災により再建された建物は、門、玄関、間取りなど
本陣の様式を残したものだったそうですが、
老朽化の為平成3年に取り壊されたそうです。


また曲がり角が見えてきて、中山道赤坂宿方面という標識を折れて進みます。
この辺りが、安藤広重の木曽海道六拾九次の内 みゑじ に描かれている
辺りだそうです。

犀川に架かる新月橋のたもとに、
千手観音堂があり、〝下の観音堂〟として親しまれているそうです。
天保四年に犀川の難所を通る人の安全を祈願して
伊自良村の甘南美寺の観音様の分身をお祀りしてあるそうです。

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お堂の天井の書
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千手観音の石像がお祀りされています
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新月橋を越えると、千躰寺があり、
鎌倉時代の禅僧 自然居士(じねんこじ)が美江寺に逗留して、
千体仏を作ったと云われます。

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そういえば、自然居士の墓は、
先程山車が通っていた辺りの裏手にありました。
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ここで、元来た道を戻り、帰路に着きました。

中山道の宿の内でも もっとも小規模な宿場で、
現在もこれといって当時の面影を伝えるものは少ないですが、
その佇まいは歴史を感じさせます。

そして、岐阜市美江寺観音発祥の地、元美江寺としての由緒ある土地であり、
のんびりと散策するのには最適です。

樽見鉄道の美江寺駅にも中山道は隣接しており、
美江神社までも10分程度の道のりです。
大垣からローカル鉄道の旅も良いかもしれませんね。






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