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彦根城界隈  ―滋賀彦根③ [城下町]

前回までのブログ
https://gifu-sengoku.blog.ss-blog.jp/2017-07-11-1
https://gifu-sengoku.blog.ss-blog.jp/2017-08-02
時折、曇天の空よりポツポツする中、彦根城方向へと、歩みを進めます。

『関ヶ原』の映画が公開されていますが、
「関ヶ原」ロケ地は、彦根城の―井戸曲輪―太鼓門 だとか
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滋賀県護國神社
これまで何度も、通過のみとなってきました、護国神社! 

提灯と短冊が覆い尽くした姿に、アレッ? となって初めて立ち寄りました
戊辰戦争から大東亜戦争までの数々の戦いにおいて命を落とした滋賀県内の
戦没者の御英霊を慰霊すると共に、感謝の誠と平和への祈りを捧げる
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みたままつり というものらしいです。 
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飲食店も支度中
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手水舎
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神職の方々も祭りの準備で忙しそうです。
参拝を済ませました。

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護国神社の鳥居を潜って、出た先直ぐ

彦根城石垣いろは松
彦根城石垣いろは松293.JPG
彦根城石垣いろは松295.JPG

中堀散歩道旧鈴木屋敷長屋門附塀
中堀散歩道旧鈴木屋敷長屋門附塀301.JPG

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散歩道の建物・施設、彦根城石垣や草花などを観ながら進み

夕食時間にもう少し早いという中途半端な時間帯に営業されていた
お腹が待ちきれない状況になっていたので、渡りに船!とばかりに

約15年前位にも、お蕎麦を頂いた記憶がありました
もんぜんや さんへ
もんぜんや1-331.JPG
店内で
もんぜんや5-324.JPG
メニュー
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お疲れぇ~ と いう感じです
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近江牛煮込み  美味しい~
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小鮎の天ぷら 15匹以上もあって食べ応えがあります
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カレーとりそば(中辛)
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カレーきつねそば(中辛)
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程よい辛味でサラッとしていて餡と一体となって、美味しく頂けました

鍼灸の師匠の好物で御馳走になった記憶に近いお味に、懐かしさに昔話

自然にカレーを身体が求めたのは、風邪気味!?だったとも考えられます
風邪により免疫が弱くなっていたり、肝機能が弱くなってくると、
本能的にクルクミンを欲するようになる。 との事ですから・・
(※前ブログにて清凉寺の七不思議!? にて記しました関連事について・・)


お腹が満たされ、雨が本降りになる前に帰ろうかなぁ~
と、駅方向への途中、看板を見つけましたので立ち寄ります

彦根城外堀跡  埋めたてられた外堀の地
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千代神社

御祭神は天宇受売命・猿田彦命

石田三成、井伊家とも関係深い様です
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有名俳優・芸能関係の人々が訪れ、芸の上達を祈願される
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本殿は三間社流造で国の重要文化財に指定
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雨に見舞わられる事無く、満足で旅を締めくくれました。










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彦根佐和山背景の井伊家縁の神社仏閣 ―滋賀彦根② [城下町]

前回、旅の半ばで断念し戻る事態となりましたので、
https://gifu-sengoku.blog.ss-blog.jp/2017-07-11-1
今回こそはと、予定していた名所を巡るべく、再び彦根へ
前回途中帰宅となりました件の引き続きからの、逆順となってJR車内にて
バタバタで何とか調達したパンをかじっての昼過ぎからのスタートです。

彦根ご城下巡回バス に乗り込みます。
彦根ご城下巡回バス091.JPG
運転手さんよりチケットを購入、ガイドの方の説明を聞きながら巡ります。


遠江井伊谷-龍潭寺-を訪れた際のブログ
https://gifu-sengoku.blog.ss-blog.jp/2015-09-04
https://gifu-sengoku.blog.ss-blog.jp/2017-06-06-1

今回は、これまでも数回訪れた彦根城や城下町では無く、
何年来JRの車窓から見える度、ずっと気になっていた寺院が、
遠江井伊谷から分寺し、龍潭寺の五世・昊天禅師を招いて建立した
と、やっと知りまして、彦根『龍潭寺』 にて下車しました。


映画「関ヶ原」ロケは、石田三成に縁の近江で多く行われたそうです。
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巡回バスの車中にてガイドの方よりの説明のあった、界隈の名所の
彦根の日光と賞された大洞弁才天などの方向も確認をしておきました。
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JRの車窓から見える、寺院や鳥居、山中の看板 -佐和山城跡- 等
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ずっと気になっていたのが、実際にじっくりと観られ、カメラにも納めます。
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長林稲荷大明神
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井伊家の江戸上屋敷の守護神だったとか、明治五年に遷座され、
清涼寺の境内にて、当地の智慧辨戝天・白山妙理大権現に合祀
との事の様です。

清涼寺
映画「関ヶ原」ロケ地となった様です。

ガイドの方の解説で、彦根藩主・井伊家の菩提寺との事です。
井伊直政の墓所として直孝が開基
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本殿の写真です。 本堂、禅堂、墓所などは非公開だそうです。
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目にする事の出来る 生垣も、客殿にも圧倒される位
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寺の裏には、かつて佐和山城がそびえ、境内あたりは
三成の重臣、島左近の屋敷があったと云われます。

その為、佐和山城落城や島左近にまつわる「清凉寺の七不思議」が伝わるとの事。
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参禅道場手前、樹齢500年?島左近が一際面倒を見ていたとされる南天の木、
触ると腹痛を起こすそうです。
近付くのも、恐れ多くて、勿論、触る等とんでも無いけど、不思議のせいかどうか? 
単なる夏バテか? このところの不摂生の偶然が重なったのか?  

公共交通機関の車内の効き過ぎての、石田家の御子孫男子の方の“三成腹”!?

とにかく、お腹の具合が帰宅後から2日間ばかり大変で・・
もしかして、知らずに失礼したならばとお詫びを兼ねて合掌。

その他にも、左近の怨念や佐和山落城にまつわる不思議が伝わります。

左近の居間を方丈にしたところ、壁に月の形が浮かび、
壁を塗り替えても また浮き出てくる。

左近の屋敷の門を寺の山門にしたところ、大晦日になると
低い唸り声の様な音がする。

左近が茶の湯に使用した井戸に、汚れ物を浸しておくと
一晩で真っ白になる。

井伊家が、佐和山城での戦利品を虫干ししていると、佐和山の方角から
黒雲が沸き、戦利品が風で持ち去られた。

落城の際に生首を洗ったといわれる池には、夕刻になると
水面に血みどろの女性の顔が浮かび上がる。

9つ位の不思議が有るらしいです・・再々 合掌。



龍潭寺
こちらも映画「関ヶ原」ロケ地となった様です。

井伊大老 石田三成菩提寺
とあり、佐和山の民に慕われていたのが伝わってきます
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以前、三成公の出身地の 石田 を訪れた際のブログ
https://gifu-sengoku.blog.ss-blog.jp/2011-09-19-1

石田三成公銅像所在地 の石碑に魅かれて
左手の東山ハイキングコース入口へ少しだけ足を向けたなら
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石田三成公銅像
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石田三成群霊供養 が 祀られてありました。 合掌。
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撮影した時は知りませんでしたが、白いムクゲの花が、撮らないの? 
と、ずっと訴えてくる感じがしたので、 では と 1枚パチリ
パンフにありました、五代藍漢和尚が朝鮮使節より拝領した
龍潭寺白とよばれるムクゲの花だったのですね~
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龍潭寺拝観入口より仕切り直し
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参道を進みます
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彦根藩預かりとなった、小田原城主の大久保忠隣幽居之跡の石碑
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鐘楼の手前の、中門脇の壁 瓦が埋め込まれてます。
鉄砲で撃たれても貫通しない為の構造だそうです。
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拝観料をお支払いし、彦根も「庭の寺」として有名ですし、
先日出かけました浜松との比較も楽しみです。
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方丈南庭(ふだらくの庭)
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一面の白砂の上に48箇の石が配されている枯山水の石庭
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書院東庭 借景式(鶴亀蓬莱の池)
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イイ(井伊)眺めの庭であろう?、なのにもうカエルのかい?
不動のままのトノサマより無言で語りかけられる感じ
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書院北庭(露地庭園) 地泉平庭は、井伊直政の建立による
禅僧の専門道場として、多数の造園学僧を輩出し学僧の就業庭園だとか。
元禄年間からは[だるま寺]としても進行を集めているそうで
多くの達磨も祀られています。
彦根指定文化財の森川許六筆の方丈襖絵五十六枚、
三成の遺品なども観られて、有難いです。



井伊神社
龍潭寺から向かうと、佐和山神社参道より移設された 
“彦根の夜明け”を開いたとの井伊直憲公顕彰碑がありました。
井伊直憲公顕彰碑238.JPG

井伊直弼の兄・直亮が、遠江井伊谷八幡宮より井伊大明神を分霊した
井伊神社には、井伊家の始祖共保公が祀られています。
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鳥居には伸びた緑の枝葉が覆い被さってます
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権現造の複合社殿は、修復の為に組まれた囲いとネットで覆われています
残念なお姿、先の、竹生島の宝厳寺を思い返します
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ネットの間から、垣間見て、かつては鮮やかで素晴らしかったと理解
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本日、訪れた井伊家縁の荘厳な寺院と、現状の荒廃ギャップ
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井伊神社のしだれ桜
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ニッポンタチバナ
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木村長門守ゆかりの血染めのすすき
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大坂夏の陣では敵方の豊臣方です。井伊家の家臣・安藤重勝に討たれ、
安藤氏の菩提寺であった、宗安寺に埋葬され首塚ができたそうです。
宗安寺は、三成の佐和山城の門が移築してあり、訪れた時合掌致しました。


参拝を済ませ、神社を後にしました。
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大洞弁財天 長寿院
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此処も、「関ヶ原」ロケ地です。 境内一周しラストでやっと気付いたのですが、
逆順コースの様でしたが、その時は、全く思っておらずにて、
井伊神社より左側の道の方に看板があり、緩やかな坂道を進みます。
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この坂道の左手に、ぽつんと経蔵
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草むらの中に祠も確認できました。
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長寿院は四代藩主直興が厄除けと城を守る備えとして建立した藩寺だそう。
直興が日光東照宮修営の総奉行を務め、造営に当たった大工達を招いて
建築をさせたとの事で、「彦根日光」の別名を持つ寺の所以なのでしょう。

紅梅のきつそうな石段の先に見えてきたのは、 阿弥陀堂
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高台の阿弥陀堂より境内を見下ろせば、本堂弁財天堂、宝蔵などが。
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本堂弁財天堂
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宝蔵
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※この他、3~4?祠程確認できましたが、祭神は不明でした。

この入口より裏手にも回ってみる事にしました
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奥内宮白蛇殿
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奥之院宇賀神
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石段の中央朱の手摺の、黒っぽい最前が賽銭入れ・・
足は疲れていましたが・・でも石段を上りました。
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ハイキングコース 佐和山城跡かぁ~ 行きたいけど・・無理っ!
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宇賀神の石段を下り、重厚な楼門へと
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本殿を背に、楼門入口を額縁に見立て、一枚の絵の様に彦根城が!

此処を使って、映画「関ヶ原」の、徳川本陣と三成軍の位置関係対比
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楼門を潜って、境内を後にする形となり、石段を下りました
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199-201楼門入口石段口.JPG
こちらの脇にも、祠を確認
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子安地蔵尊へとたどり着きました
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丁度、JRの列車が通過し、遅ればせながらいつも車窓から見ていたと気付く
線路を越えて、鳥居へと ・・本来こちらからスタートなのですね・・
205子安地蔵尊へ続く線路挟んだ鳥居.JPG



帰りは、彦根ご城下巡回バスの時刻をとうに過ぎていて諦め
早めのディナーを目論み、疲労した足取りに鞭打ち、励みとし歩みます。









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木に生る-花- より 気になる-亀-? - 九華公園 [城下町]

upが遅れがちになってまして時差がありますのでお許しを<(_ _)>


それまでの、天候不順が一転した、今年の大型連休は天気に恵まれ
外出して歩き周るのには、暑い位で汗を掻きました。

天気予報によれば、三重県は気温低めとの事で、バテない様に
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桑名の九華公園へ、つつじを観ようと出かける事にしました。
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同時の開花な今年、近隣の歩道脇も整然と四角に刈られ、綺麗に咲いており
前日に、先祖の墓参りや、地域の神社仏閣にても、愛でてましたので、
躑躅に珍しさ・新鮮さの域は過ぎてましたが・・・

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予想だにしていなかった、光景が気になるカメ? いやハメとなり
からへと心変わりで、好奇心・被写体が移行してました。
亀404.JPG
同時に、周りの皆さんの視線も釘付けになられた様子で
「エェ~亀が凄い事になってるぅ~」 「ほら、観て 亀!」 等との 
声 声 と一緒に 写メも一斉!
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干物屋さん?という表現は違うかな? 亀の姿のまま甲羅干し?
とにかく、はじめて観たので、メッチャ新鮮にしての干物!?状態!?
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川鵜を確認したものの、上手くタイミングが合わずのまま終了
でも 池で泳ぐ亀は数知れず
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刻印石
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刻印石414.JPG

桑名城跡
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公園内をグルッとしていたら、鳥居を発見したのでその方向へ

桑名城天守台跡
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鎭國守國神社
狛犬ならぬ、狛蛙?って!これは初めて!でも吽ばかり阿は無い
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前日に終ってしまった祭りの提灯が飾られてあります
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九華招魂社


高龗神社
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前日に終ってしまった金魚祭りの神輿分解?
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鎭國稲荷神社
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鳥居と同じ色1?
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九華天神
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次の2作へと続く・・[ー(長音記号1)]
[ぴかぴか(新しい)]










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[三重交通] ブログ村キーワード




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美しい真紅の紅葉-美濃市小倉公園 [城下町]

11/20(日) 曇天が不安でしたが、美濃市小倉公園に出かけました。
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園内の木々の艶やかさがどんどん視界に飛び込んできます
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きれいに刈り込まれています
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園内の何処よりも 際立った美しさの真紅を発見して急ぎ足
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公園内の何ヶ所かに造られた滝よりの鯉の池の所の見頃の紅葉
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これ以上の【紅】はなかなかお目に掛れ無い!? 思わず感嘆の声と共に、
見とれられたり、それぞれ皆さんのベストショットを収められていました。
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見飽きない程の美しさでした・・が、時間の事も有り、公園を後にし、
昨日の雨で濡れた落ち葉の積もる滑り易い坂道の遊歩道
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川湊住吉灯台の方角へ向かいます
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トンネルをくぐります 進んでいくと 向こう側に紅葉が待っている様です
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川湊灯台も美しい紅葉と隣り合わせでした
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川湊灯台018-119-124.JPG

川面に映り 気付けば、対岸にも黄葉
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川湊灯台より対岸25-130.JPG

とっても いい景色を堪能できて 命の洗濯ができました

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そして何故か? セキレイ? に先導されるかの様に、うだつの通りに
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茶房とみや さん にて バスの時間までのひと時を
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入口で販売されていた 柿 店内販売の和菓子を購入される方も
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わらびもち白玉付  餡子は甘さ少な目の上品な口溶け
歩き疲れて熱くなり、氷の上のわらびもち口当たり食感もいい感じ
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珈琲大福セット  クリーム入りの大福  抹茶とのセットも有り
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バス停に向かう道すがらの この時期の意匠 センスが光ります
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バス停 向かい側 前回訪れました  ひなぎくさん
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お隣の民家の庭先の インパクトのある鮮やかな紅色も目に焼き付け
・・そろそろ おいとまです 御なごり惜しいです・・
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前回 訪れた際のブログ↓
https://gifu-sengoku.blog.ss-blog.jp/2013-09-01










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岡崎城下町と 絶品味噌田楽の八千代さん―花火大会の前のひと時 [城下町]

岡崎と云えば、岡崎市は、
徳川家康の生まれた所 として知られており、
岡崎城にも三河武士の館 家康館がある様に、
家康の城下町と云う 印象が強いです。

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実際は、岡崎城を本拠としていた
家康が、天正18年(1590)に関東移封を命ぜられ、
代わって秀吉の家臣である田中吉政が入城して、
大規模な城郭拡張と城下町作りを行いました。
岡崎城下町は二十七曲がりと云われ、これは
田中吉政が10年間掛って作り上げたものです。

その理由が 
家康の攻めに備えてのものだったのが 皮肉なものです。

秀吉によって 
家康は江戸と云う 関東の田舎に追いやられてしまった訳で、
田中吉政にしてみれば、いつ家康が攻めて来ても良い様に 
城下町の27曲がりをはじめ、寺院に対しても 砦としての機能を備え、
敵の襲来を見張る高楼の設置、攻めに耐えられる
頑強な壁等を設けているのです。

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徳川家康が、天下を取り、徳川の世が300年も続く基礎を作れた一番の原因は、
私は家康が 当時としては『長生き』であった事にあると思います。
家康は、八丁味噌などの身体に良い発酵食品を愛用し、漢方薬なども調剤する
等の 健康オタクであったのです。
八丁味噌は 家康の天下獲りに大いに関係したと言われる所以です。
まさに、パワーフードです。


戦での携帯保存食であった八丁味噌は、
500年の歴史を経て 岡崎の名産品となります。

八丁味噌と云う名は、岡崎城から西へ 八丁(約870m)の距離にある
八丁村で作られていた事から名付けられたと言われます。


現在も 八帖町には、味噌蔵が並ぶ古い町並みが残り、
白壁と黒い杉板のコントラストが美しい景観を作っています。

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八丁味噌まるやの店頭で、味噌蔵の見学を勧められましたが、
今回は時間の都合で出来ずも、工程についての説明や味噌樽の上に
石が積んである様子が見学できるとの事。
又の機会に、ゆっくり訪れたいものです。
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八丁味噌蔵が並ぶ辺りまでは、
名鉄の岡崎公園・愛知環状鉄道の中岡崎から徒歩5分程で行けます。




花火大会まで少し時間があるので、先に
お城の北にある伊賀八幡宮を参拝。
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松平四代親忠が 松平家の氏神として、武運長久、子孫繁栄を祈願する為、
社を三重県伊賀より三州額田郡井田村へ移したのが始りと言われます。

伊賀に因んで伊賀八幡宮と呼び、地名も伊賀と改め、今にその名を留めます。

江戸時代を通して将軍家の崇敬は厚く、
家康も大きな合戦の際には必ず参詣したそうです。
以来開運の勝ち神様として崇敬を集めています。

徳川三代将軍の家光公が、岡崎の伝来の守護神である伊賀八幡宮に、
祖父である東照大権現(家康公)をあわせて祀られました。

東照大権現像
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尚、家光公は、祖父の造営した御本殿に増築する形で、
現在の権限造りの御社殿などを造営されました。
権現造りの本殿は入母屋造が普通ですが、
伊賀八幡宮は流造りになっている珍しい建物で、
「本殿」「幣殿」「拝殿」の三連で権現造りとなっています。

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この極彩色の御社殿などは昭和8年に国宝に指定され、
現在も、随神門・石橋など と共に 国の重要文化財とされています。

生憎、蓮池に掛る神橋は改築中により、完成予想図が掲げられておりました。
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随神様が安置する随神門としては、愛知県では伊賀八幡宮だけで、
神域の守り神、随神様が門の両側に配置されております。
又 門の表と裏両方の左右に天邪鬼が門の屋根を支えています。            

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ここの八幡さんはハスの花が咲く事でも有名です。
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八幡宮を後に、岡崎城公園の方に向かいます。

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午後三時半を過ぎて、花火に向かう浴衣の女性の姿も
目に付くようになってきました。
この日は雨の心配無しの、ぐったりする暑さで、お城の水路の脇の樹の葉も 
しおっ↷となり、水路の浅瀬に、水鳥かと思いきや、涼を求めた鳩が
水で脚を冷やし?ながら 水を飲んで、暑さをしのいでいる姿を目にしながら、
お堀端や公園内を散策しました。

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思いつきで来たので桟敷席の予約はもちろん、場所取りもしておらず、
初めての地で、どうなるか運まかせなので、とりあえず 早めの腹ごしらえをして
花火に備えようと 岡崎城公園内の 『八千代』さん に向かいました。

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「以前 https://gifu-sengoku.blog.ss-blog.jp/2011-09-04、食べた〈田楽定食〉が忘れられない」
と言っていた 家人の本当のお目当ては正確には〝お吸い物〟 でした。

私も、幼少の頃より、両親の影響で 〈田楽〉はあちこちでよく食べてきましたが、
そんな中でも 『八千代』さんの〈田楽〉は 私が食べてきた〈田楽〉でも最高レベル
だと思っていたので、意見は一致したのです。

先ずは、ここのお豆腐の水分を含んだ柔らかさに感激!
それなのに 二本の丸い太めの竹串にシッカリと
刺さってしっかり焼かれており この店の技術の高さに驚きです。
肉で言うと、レアな状態で出される〈田楽〉は 他では味わえません。

八丁味噌のタレは、サラッとしながらも上品な 甘過ぎず辛過ぎず
丁度良い塩梅です。
山椒の葉のアクセントもバッチリです。
この、タレが豆腐を覆う様に掛っているのも私好み。

菜めし田楽定食をオーダーすると、〈田楽〉に乾燥した菜のフリカケ状が掛った菜飯に、
家人一押し絶品の魚つみれの椀物、洗練された上品な御味の中身は柚子が香り
ふんわりしたツミレ・卵豆腐・素麺・玉麩・三つ葉が彩り良く鎮座。
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私は、思わず出された〈田楽〉の位置を変え様として 踏みとどまったのと、
仲居さんが声を発しかけたのが同時でした。

ここの田楽は、串が手前の向こう側に来る様に置かれていて 
奥から手を伸ばして 手首の向きのまま 串を掴んで田楽の先から
口に入れる食べ方が正式なのを 咄嗟に思い出したのでした。
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田楽を頬張ると 期待を裏切らない幸せな世界が口の中に広がります。

今回は、天婦羅付定食にしました。
食べ易く、小ぶりに薄くカットされた数種の野菜が薄い衣を纏いパリッと揚っており、
海老は身がしっとりと とても美味しかったです。

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野菜本来の色鮮やかさをそのままにの 香の物 は スッキリと頂けます。
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デザートの梨もみずみずしく美味しく頂けました。

花火を見る前に、もう 一満足したと言う感じです。

花火は、城の西側の堀の際の土手で見ました。
真上に大きく大輪が広がる位置で、ダイナミックな花火を堪能できました。

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そのツケで、空から降る灰の雪で頭の中が真っ黒になっている事に気が付きました。

真上の火華に、頸が疲れたのと、勾配のある土手に陣取って芝スキーなみに滑るのを
足元に来る様に見計らって木の切り株に足を置いて長時間、踏ん張っていて痛くなり
早めに会場を後にしたのに、帰りの電車の混雑が足に堪えました。

22時過ぎに電車が岐阜駅に着いた時には、岐阜新聞さん主催の花火を見終えた
大勢の方達が どんどん乗り込もうと溢れていました。







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応援よろしくお願いします 「指ではじくだけで肩の痛みが治る!-江戸の秘術から生まれた凄ワザ」 江戸時代の按摩術が、現代人の症状によく効く事を紹介した本です。
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岐阜城下町散策と ちょっといい店〈竹そば のやま亭さん〉 [城下町]

7/27と 8/3の土曜日に、長良川畔にて花火大会が行なわれます。
鵜飼や 花火大会の前の、ちょっとした散策に適した 
歴史を感じられる小路の紹介です。

戦国の世から山上のお城に通ずる道として、七曲登山道に続く七曲通りがあります。
以前、このブログで紹介しました 斉藤道三の菩提寺である常在寺や、
竹中半兵衛の屋敷跡に建てられた 妙照寺がある通りです。

常在寺
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妙照寺
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その2本北の 百曲り通りは、斉藤道三が町の発展の為に つくった大通り
だそうで、この辺りに住んでいた家臣団が、お城に通う最短の道で、
今でも、『百曲り登山道』に通じています。
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近年、戦国の大道 として、舗装され、信長配下の武将の家紋と花押が
刻まれた碑が建てられています。

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道の途中にあるこの玉石舗装はかっての梶川堀跡で、ここを境に
東が信長の家臣団の武家屋敷、西が町人が住んだ岐阜町があったそうです。

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また、『大道』を挟んで  山側には織田家一族・重臣の屋敷が、
城下側には家臣の屋敷が並んでいたと思われます。

七曲通りと百曲り通りの間には、岐阜の大仏さんがある正法寺に続く路があります。

正法寺
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この路を
材木町に出る手前に、卯建の上がる家などが建つ古い町並みにがあり、
長良川のアユを用いて、幕府に献上する鮎鮨を製造した尾張藩の施設
の跡もあります。

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御鮨街道とよばれる路を笠松から那古屋、そして東海道を通り、
将軍に届けられる頃には、発酵が進んで 良いころ合いになる
様に造られたそうです。
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そんな、歴史と風情が漂う一角に、
古民家を使った風情のある店構えの〈竹そば のやま亭さん〉があります。

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店内は、囲炉裏のある味のある佇まいで、
調度品や装飾の全てにこだわりを感じます。


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古民家調でありながら、リアルな仕草に本物と間違える位の
ハイテクロボット猫の店番(?)がミスマッチし、水琴窟の音が響く店内は、
まさに、時空を超えた異空間です。
店主さんの 基本を大切にしておられる姿勢は崩さずの心意気に
敬服しつつ、粋と数々の斬新な道具使いのアイデアにも感心しました。

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お蕎麦の運ばれるのを待つ間に、先ずは、お店の御心遣いで
練乳のかかった紅茶のゼリー と 冷たいお茶を頂けます。 
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古い戸棚は、調理場との間仕切りで繋がっており、できあがった料理の
運び口として使用され
ここから、オーダーした 竹そば が運ばれてきました。
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よもぎ、ひじき、自然薯の3種盛りの竹そば1000円 と、
冷やしたぬきそば定食1000円を頼みました。
おかずの盛り合わせに、ひじきご飯、上品な香の物、そして白玉団子が
付いております。

冷やしたぬき定食
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白玉団子
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竹そばは、そば粉を使っていないのに、見た目や腰の強い喉ごしの良さは 
まさに蕎麦です。孟宗竹と海洋深層水を使ってその味わいを出しているそうです
(蕎麦湯はありません)うどんの部類となりますね。
珍しい麺としても不思議な美味しさですが、蕎麦としてもホントに美味しく、
身体にも良さそうです。
(家人は、帰宅後、お通じが良くなった事で体にも美味しい事を実感したそうです)

これなら、蕎麦アレルギーの方も、安心して食べられますね。
特に、3種盛りの彩りは目にも鮮やかで、食感もよく、暑い夏にはぜひお勧めです。

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お腹と舌は勿論、水琴窟の音に耳を、庭・玄関・座敷の趣と猫ロボに目を楽しませて頂け、
食後にコーヒーも付き満足のひと時を過ごせました。

最近、長良橋の南西の、鵜飼観覧船事務所から西に続く街並みが
《川原町の古い町並み》として、テレビや雑誌に取り上げられています。

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川原町は、その昔 岐阜の城下町に 材木や物資を運ぶ水運のまち
として発展していた、湊町、玉井町、元浜町を合わせた一帯の通称で、
格子戸の連なる街並みには、岐阜うちわや老舗の和菓子店、ギャラリー等が、
レトロな雰囲気を残しつつ営業しています。

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川原町のメインストリートの更に1、2本川側の通りには、
町屋を利用したモダンな飲食店が建てられ、お洒落なスポットに
変貌しつつあります。

そんななか、旧いとう旅館の建物は、独特の風情を醸し出しています。
もちろん、営業はされていませんが、
舟橋聖一の小説「白い魔女」の舞台となった事で有名です。

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長良川の花火大会では、この辺りの河原にて花火が上がります。
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よって、花火全体を見るには、長良橋を渡った所の方が良いかもしれませんが、
私は 混雑していないので、毎年 岐阜公園近辺で ゆっくりと楽しんでおります。


長良橋の下を東側にくぐると、護国神社への参道に出ます。
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鵜飼の遊覧船が浮かぶ風景は、風情があります。
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護国神社は 観光地の中にあり、静寂の中に凛とした空気が漂います。
日曜日などは、神前結婚式を挙げらてれる最中の事もありますが、
人力車なども風情があり、古式豊かでよいものです。

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護国神社より更に東に進むと、鏡岩の水源地がみえてきます。
ここで、岐阜市の上水道の水が生まれる訳です。

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マイナスイオンに溢れた、リフレッシュできるスポットです。
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三大山城のひとつ岩村城と 岩村城下町その1 [城下町]

[岩村]へ繋ぐ【明智鉄道】は、[恵那駅]で乗り換えになります。
先ずは [名古屋]から中央線〈快速:中津川行〉にて[恵那]を目指します。 
途中、[瑞浪]を過ぎ [釜戸駅]から[武並駅]にかけての、日陰の山裾は、薄っすらと雪化粧。
紅葉も終わりかけているとの情報も 頷けます。

[恵那駅]で、【明智鉄道】に乗り継ぎ [岩村駅]を目指します。

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明智行きの電車は、一両のみで 観光客でいっぱいです。
沿線には、岩村の他、大正村がある明智をはじめ、
駅前に自噴温泉がある花白温泉、そのネーミングで話題になった極楽 
寒天の産地 山岡などの駅があります。

30分ほど揺られて、岩村に到着です。
岩村で下車したのは、私達の他一組で、あとは、極楽で観光バスに乗り換えた御一行様
の他は、明智まで行かれて大正村見学の方が多い様です。

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駅前には、楽市楽座の制札を模した立札が立ち、城下町の雰囲気を醸し出します。
岩村は、藩主が 有能な商人を尾張や、三河方面から招いて集め城下町経営に
力を注いだ為、この地に繁栄をもたらしたと言われる所以で立っているようです。

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岩村藩三万石の城下町が お城から岩村川に沿って
1.3㎞にわたり 細長くつくられました。
岩村城下町は、織田家譜代の家臣 河尻秀隆が手掛け、
江戸期に松平氏により完成されたと言われます。

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歴史的佇まいを見せる商家、酒蔵、ナマコ壁などの街並みと 枡形や
町の中を流れる天正疎水など 趣ある城下町が今なお残っております。

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平成10年4月17日には、全国で48番目、
岐阜では高山市三町・白川村荻町に続いて3番目に
「重要伝統的建造物群保存地区」として選定されました。

岩村は、織田信長の叔母である修理夫人(おつやの方)が城主を務めたことで、
日本で唯一の「女城主」の街としても知られます。

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岩村城を本拠として 東濃に勢力を拡大した遠山一族が 上村合戦で敗れ、
おつやの方の夫である城主遠山景任はこの合戦で受けた負傷により没した為
女城主として 城を守る事となりました。

しかし、おつやの方が守る岩村城を 武田の家臣・秋山信友が攻め、
おつやの方と結婚を条件に和議が成立して、秋山信友が城主となりましたが、
長篠の戦いの後 武田家の衰退により、織田家の侵攻が始まり、
岩村城も織田信忠により落城し、信友・おつやの方夫妻は
長良川河川敷で逆さ磔となり処刑されたそうです。

このような波瀾の人生をおくった女城主に因み、城下町の家々には 
女主人の名前を染め抜いた藍色の暖簾が掛かっています。

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また、家の軒先には 岩村藩士で儒学者であった 
佐藤一斎の言志録を書いた板と 
竹筒に生花・造花、季節の柿の枝・紅葉・弦の実等を生けてに飾っている
家が多くみられます。
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これがまた 粋な感じを醸し出しております。

城下町の旧家としては、
問屋であった木村邸、染物業の河合家<土佐屋>、
大庄屋であった浅見家、<松屋>という商家であった勝川家
が 当時の面影を伝えます。

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マルミ薬局(水野家)

江戸時代からの薬種商で 美濃・飛騨・三河まで手広く薬を卸していました。
古い看板は特注の欅づくりで、ウィンドの中にも貴重な商業資料が並びます。

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松浦軒本店
創業寛政8年の和菓子店で、『元祖 カステーラ』で知られたお店です。
長崎に伝わった カステラの原型 『ポォン・デ・ロ』を、
210年前に 岩村藩の御殿医が、長崎にてオランダ人からその製法を習い、
松浦家に伝えられたものが起源で、当時の製法を変えずに
守り抜いている店は、長崎にもなく ここだけと言われます。

今回は、友人に贈り物として買い求めました。
以前、幾度かお土産に頂いて 食べましたが、
普通のカステラのように しっとり感はなく、
弾力と香ばしさがあり 素朴な味でした。

今回は、最近テレビで話題の『柿の実きんとん』を買って帰りました。
干し柿の中に詰められた 栗きんとんが一体感を生み、
なかなかの美味でした。 

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岩村醸造
創業以来、230年間 地元の米を使い、地元岩村で湧き出る天然水を使った
お酒をつくっている造り酒屋です。

20年前、岩村800年祭に岩村醸造で作られた 「女城主」は全国的にも有名です。
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小倉山城と美濃城下町 [城下町]

美濃町は、明治末期までは上有知と呼ばれ、
古来より、紙漉き技術で全国に知られていました。
江戸時代には、関ヶ原の戦いの功により 領土を増やした 
金森長近公が 小倉山城と城下町を築きました。

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長近は 長良川の水運を利用する為に、河畔に上有知湊を開き 
経済活動が盛んとなり、商人の町として発展しました。

城下町は、水害を避けた丘の上の城下町は水利に乏しく、防火と類焼防止
の為に 屋根の両端に 卯建〔うだつ〕が設けられました。

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その軒飾りには、家々により凝った装飾がされて、このうだつ
上げる為には、相応の店構えが必要となり、〝富の象徴〟となった様です。

1606年頃に東西方向の二筋の街路と、これを結ぶ南北方向の四筋の横町からなる
目の字型の町割りが完成され、現在も、卯建を有する伝統的な建物が多く残り、
『伝統的建物群保存地区』に選ばれております。

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関・美濃・郡上などの 中濃地方は、鰻の美味しい所が多く、お昼御飯は、
パリッと焼かれた鰻が良く合う ひつまぶし がお勧めです。

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見逃せないのは、旧今井家住宅で、江戸末期より庄屋を務めた紙問屋で、
最も古いうだつ軒飾りを残し、奥座敷、水琴窟の他、資料館もあり見応えがあります。
美濃和紙の里会館は 街並みから離れているので、美濃和紙あかりアート館
との二館共通券で巡ると良いです。


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