お伊勢さんとの両参りに多度大社へ -お千代保さん参道、薩摩義士ゆかりの地を巡り多度へ- [パワースポット]
前回、https://gifu-sengoku.blog.ss-blog.jp/2013-10-07
お千代保稲荷さん に参拝させて頂いて、
「柿の赤くなる頃、医者は青くなる」 の喩えの如くの秋
商売繁盛と云う程ではないですが、
10月にしては多めの患者さんと御縁を頂きました。
そのお礼参りと月初めの御参りを兼ねて、
先ず、お千代保稲荷さん に向かいます。
午後からの雨の予報を懸念し 朝早く出かけたので、
参道のお店は開店直後で、
参拝の人達も 前回 御昼頃に行った時よりかなり少ないです。
お昼時には、人だかりで寄り付けないでいた
串カツの-玉屋-さん も まだガラガラで
呼び込み中! 初めて黄金の御座敷のある店の中で頂けました。
名物の みそ串かつ と えび天うどん も食べました。
そして朝からのビールで至福のひと時です。
-玉屋-さん の 噂の金ぴかのトイレ!
これは一見の価値はあります。
いつもの様に お参りを済ませた後、
今日は、少し足を延ばして -平田公園-へ
岐阜人には、縁の深い「宝暦治水工事-三川分流」の
薩摩藩総奉行 平田靭負公 の像
遡れば、1600年の〝関ヶ原の合戦〟に端を発します。
中央の情報不足で、西軍に与してしまった、島津勢は石田三成と意見が合わず
合戦では傍観、敗戦となった状況下で 敵中突破にて、帰国し、所領は何とか安堵。
敗走時に、負傷した島津の武士は、
この辺りの庄屋、農家に匿われた と言われます。
長良木曽揖斐の三川が合流する水害が多発する
この地域からの嘆願により、
幕府の命を受け、御手伝普請として薩摩藩が工事に赴いています。
幕府の薩摩藩の力を削ぐ目的もあったと言われる
この工事は難航を極め、
膨大な出費と、病死、自刃者等多数の犠牲者を出しました。
平田靭負公も1755年5月24日に工事竣工引き渡し済みの報告書を
薩摩藩に提出した後、工事の全責任を取って自刃しています。
-お千代保稲荷-さんに参拝後、来た時のルートの
-海津市コミュニティバス- にて終点の
-石津駅-方面に乗車し、養老鉄道-石津駅- にて下車。
バス・電車車内で お千代保稲荷さん参道で買った
金蝶堂饅頭 と ちよどら を食べました。
ちよどら は、初めて食べましたが、硬めの生地とほんのり生姜が香る
風味が絶妙で 美味しく頂きました。
石津駅 から直ぐの所、バスの中から
薩摩義士の墓 -円成寺-さん の看板が見えたので
電車の待ち時間利用して行ってみました。
-太田稲荷-さん に 隣接した
曹洞宗の -円成寺-さん の境内の石段の上に、
石津薩摩工事義歿者墓(県史跡)がありました。
自刃した13人薩摩義士の方が眠って見えます。 合掌。
太田稲荷さん
円成寺さん
基本的に、お墓は撮らない事にしているので
パンフレットの写真を載せておきます。
-石津駅-より乗った桑名行きの電車の車中より 特産である
幾つもの柿畑を眺めながら 二つ目の-多度駅‐で下車、
上げ馬神事で有名な-多度大社-さんへ 上り坂的な※1.5㎞の
多度の町中を徒歩で向かいます。
鯉料理-大黒屋-さん
清流の鯉を使ったコース料理、ランチが頂けます。
以前に一度頂きましたが、川魚が苦手な私も
癖がないので 美味しく頂けました。
特に、〔鯉のうろこのから揚げ〕が美味しく 印象に残っています。
宮川の清めの池
多度川の伏流水を利用した みそぎ池
で、参拝する前にここの水で手を洗い 口を漱ぎ、
清めた後、-多度大社-さんに向かった と言われます。
-多度大社-さんには、伊勢の神宮の御祭神、
天照大神の第3皇子である天津彦根命が祀られ、
その御子、天目一箇がを別宮の一目連神社にお祀されています。
その為、北伊勢大神宮として
「お伊勢参らば お多度もかけよ お多度かけねば 片参り」
と謡われて多くの参拝者が訪れます。
御神木の楠
滝川一益が長島城の城門を修造する折、
家臣中江清十郎が多度大社の大楠を切り倒した為、
完成の祝宴を催していた折に、暴風雨が起り城門は流され、
清十郎は溺死したそうです。
その切り株から芽が出て生育した楠が
現在の御神木として境内に残っています。
多度まつり の際、5月4日・5日に行なわれる上げ馬神事は、
5月2日に築かれる上げ坂を
6地区から選ばれた騎手が乗る馬が駆け上がります。
この神事では、古くより農作の時期や豊凶を占われております。
近年では その上がり具合によって 景気のよしあし も
占われている様です
歴代の桑名藩主が上げ馬神事を御覧になられた場所であり、
多度祭御殿と呼ばれております
鳥居をくぐり参道を更に上ると、滝の音が響く本宮拝殿が現れ、
清らかな気持ちで参拝させて頂きました。
別宮
白馬は人の願いを神様に届けて頂ける神の御遣いと云う
白馬伝説に因み、
神馬舎に勤める神馬 『錦山』号です。
生きた神馬がいる神社は全国的にも珍しいとされています。
餌の人参と、選択した柿を美味しそうに食べて頂きました。
帰途、帰宅直前の雨にみわれましたが、清々しい気持ちの一日でした。
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https://gifu-sengoku.blog.ss-blog.jp/2014-07-21-2
京都の 大黒寺 さん に 御参りした際に ここに
平田靭負公の お墓があるのを知り 掌を合わせて参りました。
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お千代保稲荷さん に参拝させて頂いて、
「柿の赤くなる頃、医者は青くなる」 の喩えの如くの秋
商売繁盛と云う程ではないですが、
10月にしては多めの患者さんと御縁を頂きました。
そのお礼参りと月初めの御参りを兼ねて、
先ず、お千代保稲荷さん に向かいます。
午後からの雨の予報を懸念し 朝早く出かけたので、
参道のお店は開店直後で、
参拝の人達も 前回 御昼頃に行った時よりかなり少ないです。
お昼時には、人だかりで寄り付けないでいた
串カツの-玉屋-さん も まだガラガラで
呼び込み中! 初めて黄金の御座敷のある店の中で頂けました。
名物の みそ串かつ と えび天うどん も食べました。
そして朝からのビールで至福のひと時です。
-玉屋-さん の 噂の金ぴかのトイレ!
これは一見の価値はあります。
いつもの様に お参りを済ませた後、
今日は、少し足を延ばして -平田公園-へ
岐阜人には、縁の深い「宝暦治水工事-三川分流」の
薩摩藩総奉行 平田靭負公 の像
遡れば、1600年の〝関ヶ原の合戦〟に端を発します。
中央の情報不足で、西軍に与してしまった、島津勢は石田三成と意見が合わず
合戦では傍観、敗戦となった状況下で 敵中突破にて、帰国し、所領は何とか安堵。
敗走時に、負傷した島津の武士は、
この辺りの庄屋、農家に匿われた と言われます。
長良木曽揖斐の三川が合流する水害が多発する
この地域からの嘆願により、
幕府の命を受け、御手伝普請として薩摩藩が工事に赴いています。
幕府の薩摩藩の力を削ぐ目的もあったと言われる
この工事は難航を極め、
膨大な出費と、病死、自刃者等多数の犠牲者を出しました。
平田靭負公も1755年5月24日に工事竣工引き渡し済みの報告書を
薩摩藩に提出した後、工事の全責任を取って自刃しています。
-お千代保稲荷-さんに参拝後、来た時のルートの
-海津市コミュニティバス- にて終点の
-石津駅-方面に乗車し、養老鉄道-石津駅- にて下車。
バス・電車車内で お千代保稲荷さん参道で買った
金蝶堂饅頭 と ちよどら を食べました。
ちよどら は、初めて食べましたが、硬めの生地とほんのり生姜が香る
風味が絶妙で 美味しく頂きました。
石津駅 から直ぐの所、バスの中から
薩摩義士の墓 -円成寺-さん の看板が見えたので
電車の待ち時間利用して行ってみました。
-太田稲荷-さん に 隣接した
曹洞宗の -円成寺-さん の境内の石段の上に、
石津薩摩工事義歿者墓(県史跡)がありました。
自刃した13人薩摩義士の方が眠って見えます。 合掌。
太田稲荷さん
円成寺さん
基本的に、お墓は撮らない事にしているので
パンフレットの写真を載せておきます。
-石津駅-より乗った桑名行きの電車の車中より 特産である
幾つもの柿畑を眺めながら 二つ目の-多度駅‐で下車、
上げ馬神事で有名な-多度大社-さんへ 上り坂的な※1.5㎞の
多度の町中を徒歩で向かいます。
鯉料理-大黒屋-さん
清流の鯉を使ったコース料理、ランチが頂けます。
以前に一度頂きましたが、川魚が苦手な私も
癖がないので 美味しく頂けました。
特に、〔鯉のうろこのから揚げ〕が美味しく 印象に残っています。
宮川の清めの池
多度川の伏流水を利用した みそぎ池
で、参拝する前にここの水で手を洗い 口を漱ぎ、
清めた後、-多度大社-さんに向かった と言われます。
-多度大社-さんには、伊勢の神宮の御祭神、
天照大神の第3皇子である天津彦根命が祀られ、
その御子、天目一箇がを別宮の一目連神社にお祀されています。
その為、北伊勢大神宮として
「お伊勢参らば お多度もかけよ お多度かけねば 片参り」
と謡われて多くの参拝者が訪れます。
御神木の楠
滝川一益が長島城の城門を修造する折、
家臣中江清十郎が多度大社の大楠を切り倒した為、
完成の祝宴を催していた折に、暴風雨が起り城門は流され、
清十郎は溺死したそうです。
その切り株から芽が出て生育した楠が
現在の御神木として境内に残っています。
多度まつり の際、5月4日・5日に行なわれる上げ馬神事は、
5月2日に築かれる上げ坂を
6地区から選ばれた騎手が乗る馬が駆け上がります。
この神事では、古くより農作の時期や豊凶を占われております。
近年では その上がり具合によって 景気のよしあし も
占われている様です
歴代の桑名藩主が上げ馬神事を御覧になられた場所であり、
多度祭御殿と呼ばれております
鳥居をくぐり参道を更に上ると、滝の音が響く本宮拝殿が現れ、
清らかな気持ちで参拝させて頂きました。
別宮
白馬は人の願いを神様に届けて頂ける神の御遣いと云う
白馬伝説に因み、
神馬舎に勤める神馬 『錦山』号です。
生きた神馬がいる神社は全国的にも珍しいとされています。
餌の人参と、選択した柿を美味しそうに食べて頂きました。
帰途、帰宅直前の雨にみわれましたが、清々しい気持ちの一日でした。
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京都の 大黒寺 さん に 御参りした際に ここに
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- 作者: 福富章
- 出版社/メーカー: 自由国民社
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